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神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)498号 判決 1971年10月28日

原告

天野俊太郎

ほか一名

被告

神戸市

ほか二名

主文

一  被告株式会社岡本組、同東新建設株式会社は、各自原告らに対し、各金二、〇二六、六〇八円と、これに対する昭和四〇年六月一四日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は主文一項に限り仮に執行することができる。

事実

一 当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

(請求の趣旨に対する答弁)

1 被告らは連帯して、原告天野俊太郎に対し金六七〇万円、原告天野シゲノに対し金五五〇万円及び右各金額に対する昭和四〇年六月一四日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

1 (被告ら) 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

2 (被告ら)訴訟費用は原告らの負担とする。

二 請求原因

二 請求原因に対する答弁

1 被告岡本組及び同東新建設はいずれも土木建築請負業及び付帯事業等を営む会社であるところ、被告神戸市は神戸市灘区上河原通四丁目先道路における同市水道局所管の幹線水道管の埋設工事を被告岡本組に請負わせ(請負契約締結の日時は明らかでないが昭和三九年一二月一〇日以前である。)、被告岡本組は請負工事の一部を被告東新建設に下請させ、訴外光沢憲二は普通貨物自動車(兵四リ〇七九三号、以下被告車という。)を運転して右工事のため土砂の運搬に従事していた。

1 (被告ら)認める。

2 ところが、昭和四〇年二月四日午前一一時ごろ、前記上河原通四丁目四四番地先交差点において、光沢運転の被告車と訴外天野俊次が乗つた自転車とが衝突し、よつて俊次は肋骨及び頭蓋骨折、頭蓋内出血等の傷害により同日死亡した。

2 (被告ら)認める。

3 本件事故の発生については光沢に次のような過失があつた。すなわち、前記交差点は都賀川に架設せられた上河原橋(幅員約四・五メートル)から東方に通ずる幅員約四・九三メートルの道路と都賀川の東岸に沿つてほぼ南北に通ずる幅員約五・二メートルの非舗装道路とが交差する個所であつて、光沢は被告車を運転して右交差点東方道路を東方から西方に向けて進行し右交差点にさしかかつたが、南北に通ずる前記道路を後退しながら南進して工事現場に接近するため、先ず上河原橋上に一時停車したうえ、後退右折して交差点北側路上に停車し、次で前進左折して交差点東側路上に停車し、更に後退右折して同交差点を南進しようとしたものであるが、上河原橋の東詰(東南角)の前記南北に通ずる道路上には前記工事のため掘削された南北の長さ約七・五メートル、幅約三・三メートル、深さ約四メートルの大穴があり、その上に鉄製矢板一枚を渡して一般人車の運行に供していたが穴は完全に遮蔽されておらず、かつその周辺には掘起された土砂が山積されていたので、もしも右個所をダンプの如きものが暴進したとすると一般通行人はたちまち逃げ場を失うおそれがあつたから、かような場合には、自動車の運転者としては自分自身で、または付近にいる人夫の協力を得て後方の安全を確認しながら後退し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。しかるに光沢はこれを怠り、被告車と付近にある人家との接触にのみ気を取られ自分自身で後方の安全を確認することも、付近にいる人夫の協力を得て後方の安全を確認することもなく、漫然と後退すると同時に急激に右折したため折から南北に通ずる前記道路を自転車に乗つて南方から前記鉄製矢板上に差しかかり、自転車からおりて右自動車を待避していた天野俊次に、もしくは自転車に乗車したまま右矢板上を通過せんとした天野俊次に被告車の後部を激突させて同人をその場に転倒させ、被告車の後輪で轢圧するに至つたものである。

3 (被告神戸市、同岡本組)本件事故が被告車の運転者光沢の後方安全確認が不充分であつたことによつて発生したものであることは認めるが、その余は争う。なお俊次は本件事故当時上河原橋を西から東に渡つて進行していたものである。

4 被告神戸市の責任

(一) 被告岡本組は大阪市西成区玉出本通四丁目に本店を有し、昭和三九年一〇月六日に、東京都中央区日本橋小舟町、名古屋市東区長塀町、及び尼崎市猪名寺の三個所にそれぞれ支店を設置しながら、名古屋支店については昭和四一年一月二八日まで、尼崎支店については同年二月二二日まで建設業法第六条にもとずく登録をせず、したがつて本件事故当時は違法営業をなしていた。ところで、本件事故の発端は、右のような違法行為をあえてなすような業者に前記のような公共事業を請負わせた被告神戸市の怠慢にあるから、被告神戸市は国家賠償法第一条にいわゆる公権力の行使にあたる公務員である神戸市長がその職務を行うについて、故意または過失により違法に他人に損害を加えたものとして、同条の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) (被告神戸市)被告岡本組が原告ら主張の場所に本支店を設置していることは認めるが、その余は争う。

(二) 仮に右主張が認められないとしても、本件事故現場の道路は被告神戸市の機関である神戸市長が管理するものであるところ、道路工事を行う場合には少くとも工事区間の起点及び終点に危険標識を設置しなければならないにもかかわらず、本件道路に掘削された前記大穴の上にわずかに鉄製矢板を一板橋状に渡して一般人車の通行に供しながら、穴の北側に安全柵を一個置いていただけに過ぎず、また適当な監視誘導員も付さず、一般人車の危険を防止するべき措置をとらなかつた。右は本件道路の設置または管理に重大な瑕疵があるものというべきであり、本件事故は右の瑕疵により発生したのであるから、被告神戸市は国家賠償法第二条第一項の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(二) (被告神戸市)本件事故現場の道路は神戸市長が管理するものであることは認めるが、その余は争う。本件工事現場には危険防止の方策が実施されていたから瑕疵はない。仮に瑕疵があつたとしても本件事故との間には因果関係がない。

(三) 予備的請求原因

(1) 本件事故は、次の如き故意または過失の累積によつて生じたものである。

すなわち、

(イ) 被告神戸市は被告岡本組の如き不適格な業者を人的物的に全面的な指揮監督下において前記工事のために使用し

(ロ) 被告岡本組は被告神戸市の承認を得て、無免許ダンプカーをチヤーター関係において保有運行せしめて土砂運搬に当らせるような無責任かつ不適格な業者である被告東新建設をその指揮監督下において使用し、

(ハ) 被告東新建設がチヤーター関係において保有運行したダンプカーの無免許運転者光沢は、前記の如く見通しのきかぬ交差点を監視誘導もなく、わずかに一般人車の通路にあてられていた鉄製矢板上を右折後退するという暴走をなし、

(ニ) 被告神戸市が前記工事現場の指揮監督に当らせるために選任したと称する監督員は、現場に立会して監視誘導に当らなかつたのみならず、被告車の運転者が無免許であるか否かも知らず、また知る必要もないと公言するような無責任な態度で事に当つた。

ところで、本件事故が以上のように故意または重大な過失の累積によつて生じたものであり、かつ、以上のように上下一貫した指揮監督関係の下に事業が執行され、被告神戸市は、請負業者に属すると、下請業者に属するとを問わず不適格な現場従業員をいつでも排除しうる権限と義務を有していたのであるから、被告神戸市は以上に列記したすべての被用者の最終的な使用者として、民法第七一五条の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(1) (被告神戸市)争う。

(2) 本件工事を被告岡本組に発注した被告神戸市は被告岡本組に対し、無免許運転のダンプカーの運行を厳禁し、本件道路に穿つた大穴の周辺には道路法によつて要求される安全柵その他の標識を設置させるなど、事故の防止につき当然なすべき指図を与えずして前記工事をなさしめたのであるから、被告神戸市は指図につき過失があつたものというべきであり、民法第七一六条但書の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する義務がある。

(2) (被告神戸市)争う。

5 被告岡本組、同東新建設の責任

(一) 被告岡本組は被告神戸市から前記工事を請負い、その一部である路面の掘削、及び土砂の運搬を被告東新建設に下請させ、被告岡本組の指揮命令の下に工事を施行させ、被告東新建設は右工事に使用するため徐宗述所有の被告車を運転手付で借受け、被告車の運転者光沢は被告東新建設の指揮下に被告車を運転して土砂を運搬中に本件都故を惹起したものであるから、被告東新建設及び運転手付の被告車の借受けを指示し、または少くとも認容して業務に従事せしめた被告岡本組の両名は、共同して被告車を自己のために運行の用に供する者として、自動車損害賠償保障法第三条の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(一) (被告岡本組)被告岡本組が被告神戸市から前記工事を請負いその一部である道路の掘削、埋戻しなどの土工事を被告東新建設に下請させたことは認めるが、その余は争う。下請工事の進行及びそれに伴う土の運搬(自動車の運行)は一切被告東新建設に委ねられ、被告岡本組は工事計画どおり工事が施行されているかどうかを監督するに止まつていた。しかも本件事故は被告東新建設が土運搬を請負わせた運送業者の被用者光沢の惹起した事故である。

(被告東新建設)被告東新建設は、被告岡本組が被告神戸市から請負つた原告ら主張の工事の一部を下請けし、被告岡本組の指示監督にしたがい工事に従事していたこと、右工事に使用するため訴外林和範から被告車を運転手付で借受け、被告車の運転者光沢に被告車で土砂を運搬させていた際に本件事故が生じたこと、被告東新建設が被告車を自己のために運行の用に供する者であることは認めるが、その余は争う。

(二) 仮に右主張が認められないとしても前記(一)の如き事情がある以上被告東新建設はもとより、これを自己の指揮命令下において土砂の掘削運搬を担当せしめた被告岡本組も、光沢の前記不法行為につき、使用者として民法第七一五条の規定により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(二) (被告岡本組、同東新建設)争う。(一)の答弁を援用する。

6 天野俊次の本件死亡事故による損害は次のとおりである。

(一) 原告俊太郎の得べかりし利益の喪失による損害

原告俊太郎は本件事故当時、神戸市灘区岸地通一丁目所在の自宅において長男俊次の協力を得て寿司屋を営み(但し、俊次は事業上営業活動の大半を担当していた)、一か月平均金一〇万円の収入を得ていたところ、俊次の死亡により同人の協力を得られなくなつたため毎月少くとも金五万円の減収を来し、事故後二年間に、一か月につき金五万円として計算した右の期間中の収入合計金一二〇万円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つた。

(一) (被告神戸市、同岡本組)原告俊太郎が本件事故当時自宅で寿司屋を営んでいたことは認めるが、その余は争う。俊次は生来病弱で出前程度の手伝をすることがあつたに過ぎずほとんど重要な役割は果していなかつた。

(被告東新建設)争う。俊次は簡単な計算もおぼつかない精神能力者であり、原告俊太郎の指示にしたがい物の持ち運びをしていた程度である。

(二) 俊次の得べかりし利益の喪失による損害

原告俊太郎は本件事故当時満五八才であつたが、二年後には寿司屋営業の限界年令の満六〇才に達するので、その時には俊次が右営業を承継する予定で準備中であつた。そして俊次が営業を承継すれば一か月平均金一〇万円の収入を得、これから一か月の生活費金三万円を控除すると、一か月平均金七万円の純収入を得ることができたはずである。俊次は本件事故当時満三五才で、本件事故がなかつたとすれば二年後から同人が満六〇才に達するまでの二三年間就労し、この間前記割合の収入を得ることができたはずであるから、本件事故により前記月額によつて計算した二三年間の純収入合計金一九三二万円の得べかりし利益を失つたことになるが、これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除し、一時に請求する金額に換算すると、金一〇〇〇万円を下らない。

原告俊太郎、同シゲノは俊次の父母として、俊次の死亡により右の損害賠償請求権を相続分に応じてそれぞれ二分の一の各金五〇〇万円を相続により承継取得した。

(二) (被告神戸市、同岡本組)原告らと俊次との間の身分関係は認めるがその余は争う。俊次は前記のような状態であつたから、原告俊太郎の後を継いで寿司屋を営むことは経験及び技術の面から不可能であつた。

(被告東新建設)原告らと俊次との間の身分関係は認めるが、その余は争う。前記のとおり俊次は簡単な金銭計算もおぼつかない精神能力者であつた。

(三) 原告らの慰藉料

原告らが俊次を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料は、両原告についてそれぞれ金二〇〇万円が相当である。

したがつて、原告俊太郎は右(一)ないし(三)の合計金八二〇万円、原告シゲノは右(二)(三)の合計金七〇〇万円の損害賠償請求権を有するところ、被告らに対し、原告俊太郎は金六七〇万円、原告シゲノは金五五〇万円及び右各金額に対する昭和四〇年六月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(三) (被告神戸市、同岡本組)争う。

(被告東新建設)俊次が前記のような精神能力者であり、かつ本件事故の発生について同人に過失があつたことを考えると原告ら主張の金額は不相当である。

三 抗弁に対する答弁

(被告東新建設の抗弁)

1 争う。

1 被告東新建設及び被告車の運転者光沢は被告車の運行に関し注意を怠つておらず、本件事故の発生は俊次の過失によつて発生したものであり、かつ、本件事故当時被告車には構造上の欠陥及び機能の障害がなかつた。したがつて被告東新建設には自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償の責任はない。

2 争う。

2 林和範は被告東新建設との間に締結した運転手付ダンプカー及び人夫賃貸借契約にもとづき、昭和四〇年一月一二日以降、林の選択により随時適宜な人及び車を被告東新建設の支配下に提供していたのであるから、被告東新建設はその日によつて異る運転手につきその資格能力を知ることはできないし、それを点検する義務もない。したがつてたまたま本件事故当日に来合せていた運転手光沢が運転免許証を有していなかつたとしても、運転上の責任は林にあつて被告東新建設にはない。また被告東新建設は事故当日、被告車が原告ら主張の交差点の東方道路から右交差点を後退右折する場合の安全な後退に備えて、特に誘導員を配置しており、運転者の合図を待つて誘導員がその場所に至り誘導する手筈になつていた。しかるに被告車の運転者光沢は誘導員の来るのを待たず、警笛を鳴らしただけで前記交差点を後退右折したため本件事故を惹起したのであるから、本件事故の発生は被告東新建設にとつては不可抗力によるものというべきである。したがつて被告東新建設には民法第七一五条による損害賠償の責任はない。

仮に光沢に過失ありとしても、俊次にも過失がある。

四 証拠関係〔略〕

理由

一  被告東新建設の責任

請求原因1・2項(事故の発生等)の事実、及び同5項のうち被告東新建設が被告車の運行供用者であることに争いはない。従つて、被告東新建設は自賠法三条により本件事故による原告らの損害を賠償する責任が生ずる。

しかしながら、被告東新建設は、被告車の運転者光沢には本件事故発生につき過失はないと主張するので、この点について検討する。

その〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。(1)本件現場の道路状況は別紙図面のとおりであること、(2)東西道路は直線でない為その見通しは相当程度妨げられ、十分注意しないならば、交差点に進入してから対向車に気づくことになること、(3)被告車は東方から本件交差点を通過して上河原橋上(<1>の地点)に至り、バツクして北方道路(幅約四・七米)上の<2>点に入り、更に前進して東方道路(幅約五米)に戻り(<3>点)、そこから後退して南方道路上に入ることになつていたこと、(4)被告車の荷台には、その中央は運転者の目の高さと同程度迄に山盛にされた土砂が積載されていたこと、(5)被告車は、その左右のバツクミラー及び座席後部のガラス窓から後方を見ても、右積載された土砂及び荷台の長さ(三・五五米)から、荷台後方に対する見通しが十分ではないこと、(6)本件交差点南西角では水道管埋設工事の為図面<4>の如き広さの範囲で道路が掘削され、その為交差点から南方道路への進入路には図面<5><6>の如く木矢板及び鉄製矢板が置かれていたこと、(7)同交差点南東角には図面<7>の如く花壇が設置されていた為、これとの接触を避けて被告車が<3>点から後退して南方道路に入る為には、右工事により道路が狭隘になつていたので運転者としては専ら自車右後方にその注意を注がざるを得なかつたこと、(8)右事実及び南方道路から本件交差点に向う歩行者もなお存したので、事故の発生を防止する為被告車が<3>点から南方道路に入る際には誘導員の誘導に依るよう指示されていたこと、(9)被告者天野俊次は寿司の鉢上げに行くため上河原橋から本件交差点に進入してきたこと、(10)被告車運転者光沢は、後退して南方道路に進入する際、<3>点で自車左後方を座席後部のガラス窓を通して見たが、その際は通過車両等が見当らなかつた為左後方は安全であると速断し、以後は誘導員の指示を待たず座席から顔を出して右後方にのみ注意を向けて後退を続けたところ、<×>附近で自車左後部でガチヤンと音がするのに気ずいて図面<8>点で停車したこと、(11)<×>地点より三〇糎程度南西の地点から衝突後引づられた右自転車による擦過痕と思われる跡が南西方向へと続いていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。もつとも原告らは、被害者天野俊次は、当時南方道路から前記鉄製矢板上に差しかかつたと主張し、一部これに添うが如き証人小西敏明の証言もあるが、仮に右俊次が原告ら主張の如く南方道路から本件交差点に進入したとすれば、衝突地点が前記認定の如く交差点内側に相当入り込んでいるところからして、専ら被告車右後方に注意を注いでいた運転者光沢の視界に入ることが当然予想されるところ、同人は右俊次に全く気ずいていないことからしても、前記証言はにわかに措信し難い。また、原告らは、右俊次は自転車から降りて鉄製矢板上で被告車を待避していたものと主張するが、前記認定の衝突個所は前示説示の道路上の自転車の擦過痕からも相当程度客観性をもつてこれを認め得るものであり、従つてこれに反する原告らの右主張は採用できず、他に右原告らの各主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、前記各事実からすると、被告車運転者光沢としては、図面<3>点から後退して南へ左折する際には自車左後方及び西方道路への見通しが十分でなく、且つ左折態勢に入れば、専ら自車右後方にその注意を注がなければならないのであるから、誘導員もしくは附近の人によつて自車の左右後方の通過車両もしくは通行人等の有無を十分確認して後退しなければならない義務があることは明らかである。しかるに前記認定の如く右光沢は<3>点で一度左後方を窓ガラス越しに確認したのみで、誘導員の指示も受けないままに右後方のみに注意を奪われたまま左折進行しようとした為、西方から進行して来た俊次に全く気づかず、被告車の左後部を右俊次に衝突せしめたことが明らかであるから、光沢の過失責任はこれを免れ得ないものと言わなければならない。従つて、被告東新建設の免責の主張は、その余の点を判断するまでもなくこれを採り得ないことになる。

二  被告岡本組の責任

原告らは被告岡本組に対し第一次的に被告車の運行供用者としての責任を追求し、被告岡本組はこれを否認するので、次にこの点につき検討する。

被告岡本組が神戸市から前記の水道管埋設工事を請負い、その一部である道路の掘削、埋戻し等の土工事を被告東新建設に下請させたことは争いがない。なお、その〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。(1)被告岡本組は神戸市から右工事を請負つたが、これを自ら直接施行せず、そのすべてを東新建設と他一社に請負わせ、東新建設は掘削、埋戻し、土砂搬出、残土処分等の工事部分を約六ケ月間にわたつて専属的に請負施行したこと、(2)岡本組は、事前に東新建設と工事施行について打合せをなすと共に、現場監督として、小西敏明他一名を派遣し、両名は現場に詰めきりであつたこと、(3)両名は下請業者に対し工事計画どおりに工事が施行されているか否かを監督するに止まらず、労務管理、交通安全の確保をも職務内容とし、被告東新建設に対しては、その現場世話役を通じ、もしくは直接にも作業人夫らに対し工事促進の指示、車両運行上の注意等をなしていたこと、(4)被告車運転者光沢は、徐宗述経営の菱和建設株式会社の従業員であるが、右会社が倒産する等して仕事がなくなつた為、無免許ではあつたが、車、運転手付で被告東新建設の右工事の土砂運搬作業を請負い、右徐宗述の所有である被告車を持ち出し、事故当日も右作業に従事していたものであること、(5)被告岡本組の現場監督員である右小西は、光沢が右の如くして土砂運搬に従事していることを知つていたが、これを認容して、誘導員の指示によるべきこと等を指示していたこと、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。右認定の各事実によれば、被告岡本組は本件工事につき単に東新建設に下請させたのみではなく、自己が直営の工事を施行すると同様の責任のもとに工事の具体的な施行順序、方法等につき指揮監督し、被告車による土砂の運搬についても指導監督する関係にあつたものということができ、右光沢の自動車の運行について、被告東新建設と共に的重畳にその運行支配をなしていたものと認めるのが相当である。従つて被告岡本組も被告車の運行供用者として本件事故の責任を負うべきことになる。

三  被告神戸市の責任

1  まず、原告らは、被告神戸市が違法営業をなしていた被告岡本組に本件工事を請負わせたことに過失があるとするが、仮に被告岡本組が原告主張どおり違法に支店の設置をなしていたとしても、一般的に右行為が直ちに本件事故発生を予測させるものではなく、従つて被告岡本組に本件工事を請負わせた神戸市長に故意過失を認めることは相当でない。

2  次に原告らは、被告神戸市が本件交差点南西角の掘削地点に適当な安全柵を付さず、又誘導員を置かなかつたことは、本件道路の設置又は管理上の重大な瑕疵であると主張する。しかしまず前記認定の如く、本件事故は、上河原橋から本件交差点に進入した俊次が、交差点の相当東方寄の地点内側で、後方の安全を確認せず後進してきた被告車に衝突したものと推認せざるを得ず、従つて本件事故の発生と右安全柵の有無とは直接関係がなかつたものと言わなくてはならない。もつとも前記認定の如く、被告車の後退につき適切な誘導員による誘導がなされたならば本件事故は発生しなかつたであろうことが認められるので、次にこの点について被告神戸市の責任を検討する。〔証拠略〕によれば、本件工事現場に誘導員を置いていたことは認められ、従つて本件事故は結局置かれていた右誘導員が被告車の現場到着後直ちに適切な誘導に入らなかつたことがその発生原因の一となつたことが認められるのであるが、国家賠償法二条に言う「公の営造物の設置又は管理の瑕疵ある場合」とは、同法一条、民法七一七条との対比で考えれば(原始的に瑕疵ある場合は別として)不備な設置又は管理により営造物自体に瑕疵ある場合と解するのが相当であるから、そうすると、右の如く誘導員が直ちに誘導に入らなかつたこと、又は直ちに誘導に入らない誘導員を置いたことのいずれにしても公の営造物自体の瑕疵とは言えないことが明らかであるから、この点についての原告の前記主張は採ることができない。

3  更に原告は、被告神戸市の使用者責任(民法七一五条)及び注文者の責任(同法七一六条)を追求するので、この点について判断を加えることにする。まず神戸市が被告車の運転者光沢の運転行為につき民法七一五条の責任を負う為には、被告神戸市が右同人の運転業務に対して指揮監督する関係にあつたことが必要と考えられるところ、同人が被告車を運転して土砂の運搬に従事した経緯は前記二で判断したとおりである。そこで次に、前記水道管埋立工事の元請人である被告岡本組、その下請人である被告東新工業に対する被告神戸市の指揮監督関係につき、考察するに、〔証拠略〕中には、第五条(下請人変更請求)、第七条(神戸市の監督員の監督又は指示に従うこと)、第八条(監督員の権限)、第九条(現場代理人等に対する異議)の如く一見被告岡本組が被告神戸市の直接の指揮監督下にあるかの如き印象を抱しめる条文があり、又〔証拠略〕によれば、同証人らが被告神戸市の現地監督員として被告岡本組と種々接渉をなし、適宜指示、監督をなしていたことが認められるが、しかし一方、右第五条、第九条とも被告神戸が直接下請人、又は岡本組の現場監督者等を変更できる旨を定めたものではなく、単に請負人たる被告岡本組にその変更を請求することができると規定しているものであること、又同条は労務者等の雇入れについては何ら触れるところがないこと、第七条、第八条の現場監督員の権限も、第八条本文にある如く、契約書、仕様書、設計書等に定められた事項の範囲内に於て行使せられるものであること、右中山、坂本ら神戸市の現場監督員も格別本件掘削工事の具体的な施行順序、方法又は作業員の選定、配置等につき直接に監督指導をなし、強制的に是正措置をとつていたものではないこと等の事実が認められ、他に被告神戸市が岡本組に対して直接右のような指揮監督をしていたことを推認せしめるに足る証拠はない。従つて、被告神戸市が指示監督の権限を契約に定め、工事現場に係員を派遣した目的は、専ら工事が契約どおりに行われ、注文どおりに完成することを確保することにあつたのであつて(契約書第一〇条、第一一条の材料の検査等はまさにこの目的遂行の一方法とみられる)これを超える趣旨のものではなく、被告岡本組が同神戸市の監督員の指示なしには工事を進行し得ないというものではないと見るのを相当とする(いわば建築士法にいう監理に近い形態であつたというべきであろう)。とすれば、被告神戸市は、被告岡本組の下請人である被告東新工業、更にその部分的下請として土砂の運搬作業を担当していた被告車の運転者光沢との間にその作業を指揮監督する等使用者と同視すべき関係にあつたものとは認め得ないので、被告神戸市に対し、本件事故につき民法七一五条の責任を問うことはできないものというべきである。

また、民法七一六条の責任についても、右の如く被告神戸市は、同条にいう注文者にとどまる以上、事故防止策の実施は、原則として請負人たる被告岡本組に委ねられるというべく、一般的には被告神戸市は被告岡本組に対し、無免許運転を厳禁し誘導員による誘導を常時なすべく指示し、又は安全柵を設置させる等安全確保の為の方法について具体的且つ詳細な指示監督を行う義務を負わず、もとより第三者に対しても右の如き義務を負担するものではないといわざるを得ない。もつとも本件工事の如き場合は、自動車の出入りによる事故の危険性がある程度予見し得、更に被告神戸市が現場監督員を常駐させていたことからすれば、被告車の運行に関し誘導員による誘導が、事故防止に必要且つ不可欠であることが相当程度客観的に認識し得る場合には、注文者としても事故防止の為に誘導員を置くことについて指示をなすべき程度の義務は生ずると解される。しかし、それ以上に誘導員による誘導が常に必ずなされているか否かを常時監視すべき義務迄は認めることができないから、〔証拠略〕により被告神戸市が誘導員を置くべきことを被告岡本組に指示し、被告岡本組もこれに応じて誘導員を設置した事実が認められる以上、被告神戸市としては注文者としてなすべき義務は尽していたものと言わざるを得ないのでこの点についての原告の主張も結局採用することができないといわなければならない。

四  損害

1  俊次の逸失利益相続分 原告ら各八二六、六〇八円

右算出根拠は次のとおりである。

(一)  俊次の年令 三五才

(二)  就労可能年数 二八年

(三)  事故前の年収 二四〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、事故前同人は職人一人を雇庸して、俊次と共に寿司店を経営していたが、雇人給料及び材料費等の諸経費を除いた毎月の純利益は最大五〇、〇〇〇円程度で生活費をあげるのに手一杯であつたこと、俊次は未だ結婚せず、且つ中学卒業以後店を手伝つていたが、板前としては稼働していなかつたことが認められ、収益についての〔証拠略〕は原告俊太郎の本人尋問結果に対比し、右認定を動かすに足りず、他に右認定に反する証拠はない。とすれば原告俊太郎の営業収益は月額五万円を超えず、俊次の右利益に対する寄与率は四割程度と見るのを相当とする。

(四)  生活費 五〇パーセント

(五)  ホフマン係数 一七・二二一

(六)  算式 240,000×0.5×17.221=2,066,520(円)

(七)  過失相殺

前記一項認定のところからしても、本件事故の発生については、俊次の側にも、相当見通しの悪い交差点で、後退してくる被告車に十分注意しなかつた点が窺われるが、事故発生の主たる原因は被告車運転者光沢の左後方不注意と適切な誘導のなかつたことにあるのであつて、従つてこれとの対比で考えれば右俊次の過失は二割を超えるものでないと言うべきである。

2066520×0.8=1,653,216(円)

(八)  相続

原告らが俊次の両親であることは当事者間に争いがないので、原告らは右金一、六五三、二一六円を二分の一宛相続することになる。

1,653,216×1/2=826608(円)

2  なお原告らは、俊次が事故時の二年後には原告俊太郎の後を継いで営業主となり月収一〇〇、〇〇〇円を挙げることができたと主張するが、俊次が営業主となることについては原告俊太郎本人の供述以外にはこれを認めるに足る的確な証拠はなく、右供述も、前記認定の如く俊次が三五才になりながら未だ板前として稼働していなかつたことからすれば、にわかにこれを信用することが出来ず、なお月収一〇〇、〇〇〇円との点も、同様事故前が純利益最大五〇、〇〇〇円程度であつたことを考えればこれも直ちに採用することができない。

3  原告らの慰藉料 原告ら各一、二〇〇、〇〇〇円

前示説示の如き俊次の稼働状況、年令、事故、発生年次、事故死の態様、原告らの俊次に寄せる愛情そして前記の如き俊次の過失割合等を斟酌すれば、右金額をもつて相当と考える。

4  原告俊太郎は、俊次の死亡により同人の協力を得られなくなつたため、死亡前の収入額一ケ月一〇万円の半額にあたる一ケ月金五〇、〇〇〇円の減収が二年間続いた旨主張するけれどもこれを認めるに足る証拠がないので採用しない。

五  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告岡本組及び東新工業に対して右1、3項のとおり原告ら各自につき二、〇二六、六〇八円と、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和四〇年六月一四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限りに於てその理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言については同法一九六条を各々適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 須藤繁 片岡博)

<省略>

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